祈りの会と赦しのつながり♥️

 
私の今の思いは、奇跡講座の赦しに向けられています。
ライアーを弾いて、歌を唄っている時や、その活動を通して経験する思いや葛藤も、すべてが、赦しの対象になっています。
私にとっては、赦しに向かう生活が主体なので、どの場面も、赦しの場であり、仕事であり、出会いであると、そんなふうに思い感じています。
 
まあ、そうなるといいなと思っているってことですね(笑)
 
赦しを通して受けとる奇跡。
奇跡とは、みんなひとつで繋がっているという実感に、目が開くこと。
心が変わる事、と言うことができると思います。
(奇跡講座のワード 奇跡 赦し 癒し の意味は学びとともに真の理解へと導かれます)
今の私は、その感覚を、ライアーと歌の場で、共有したい饗鳴(共鳴)したいと思っています。
そして、日々、祈っています。
私に、聖霊の導きが理解できますようにと・・。
 
そしてそれは、日々赦しの実践がともなってるときに、おこなえることなのです。
自分の中の、平安ではないすべての思い、不満や不安、イライラ、退屈、ちょっとした違和感も、赦しの対象になります。
私が赦しを通して、自分の中の分離感(違和感 葛藤etc.)が癒されれば癒されるほど、ひとつの思いを共有することができるのです。
 
奇跡講座は、わたしたちの住んでいると思っている世界を、良くしたり、変えようという学びではありません。
その世界に対する、わたしたちの見方を変えていく学びなのです。
 
心が変わることを、奇跡と言います。
 
 
欠乏や不足からの見方が、平安や満ち足りた感覚から、見ることができるようになること。
わたしたちが、大切に、にぎりしめている信念を、手放していくときに赦しがおきます。
自分がにぎりしめていた信念を、冷静に見ることができたとき、わたしたちはその信念から自由になることができるのです。
こうやって、文章で書くと簡単そうに聞こえるけれど、私たちが、あたりまえに思って、信じている信念を探りあてて、その信念に光をあてることは、なかなか、手強い作業です。
 
それでも私たちは、欠乏や不安から生まれた心(Ego 自我)を見つめて、解放しようとしているのです。
それは、そうしなくてはいけないのではなくて、そうすることで、楽になるからなのです!と、奇跡講座の第1人者のケネス博士が言っていました。
そして、その通りです!!
 
こうやって書いていると、友人から、一直線な性格と言われたことを思い出して笑ってしまいます。この文章、そんな感じかもですね!!!
 
 
先日、12月22日の冬至の日に、u-ma kagurazaka で、祈りの会を開催しました。
年の暮れの、闇夜の冬至のころに皆で集まれることは、ほんとうに恵みだなと、毎年、感謝の思いが湧き上がります。
 
その場で、今年参加した奇跡講座のティーチャーのカースティンのリトリートの話をしました。
葉山でのリトリートは、主催者の自宅を開放しての学びでした。
葉山の海を見下ろす丘の上の一軒家のまわりには、食べるところも、お店もありませんでした。スタッフの方たちが、合計10数食の、昼ご飯と夜ご飯を、手作りしてくださったのです。
 
 
それがね、なんだかとっても美味しくて、感動してしまったのです。
あとで聞いたら、その場で手を加える作業を最低限にするために、それぞれスタッフが自宅である程度まで作って冷凍して送る、という方法で作っていたらしいのです。
さらに、冷凍させて味は落ちないか、一度作って凍らせて解凍して、試食したということなのです。その丁寧な仕事ぶりに、私は、またまた感動しきりだったのです。
 
それであんなに美味しく感じたんだなあと・・、腑に落ちました。
 
心を込めた丁寧なお仕事は、やっぱり違うんだと思うのですね。
相手にも伝わる・・、いや、それは、そのとき伝わらないように見えることもあるでしょう。
でも、自分が一番知っている。
自分には、その “愛の思い” が、ダイレクトにかえってくるのですよね。
なので、スタッフの方たちは、たくさんの恵みを、リトリートの学びの中で受けとっているように、見えました。
浄化の、感動の、わからなくていい、涙をたくさんみせていただきました。
 
 
 
そして、今回の祈りの会のテーマは《聖性》
祈りの会に来ていただいた方に、いつも一言シェアをお願いしています。
すべての方の話される、言葉が織りなされて、ひとつの流れを作っていました。
聴いている皆が、それを感じ取っていたと思います。
ワンネスの感覚。
 
自分の中に、丁寧な思いを見つけたり、すっかり見失っていたと気づいたり。
皆さんの、心からのシェアは、尊かったです。
 
ありがとうございました。
祈りの会では、私が、いつも一番の恵みをいただくのです。
 
そして、ありがとう。と、祈りの会をまるっと、手放します。
手放せなかったものは、すべて赦します。
 
こうやって、私の毎日は過ぎていくのです。
そして、こうやって過ぎていくお仲間が、たくさんいます。
 
実は、目を開けていても、眠っていてはできません。
 
ご一緒に、歩いていることに感謝です。
すべての存在とともに🙏🏻✨♥️
 
 

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