神への献身への探求

                 

お誕生日(2月)に、池末みゆき先生から、曲のお裾分け(雅歌 作詞作曲 池末信)をいただいて、それを聴きながら号泣してから、涙もろくなったように思うのです。

みゆき先生と、先日亡くなられた しのぶさんの、好きとか嫌いという、2元性を超えた深い繋がりに、先生の言葉を聞きながら、ふとふれたように思って涙したり。

数日前は、朝のカフェで、スタッフのお姉さんの輝く笑顔に、グッときて涙ぐんだり。

あらら〜〜〜、という感じなのです。

 

 

ここのところ、ずーっと自分に問いかけ続けていました。

 

「神に献身したい私は、全てをすてることができるだろうか?」

 

聖書の、

『もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。』マタイ福音書1921

という言葉があります。

その言葉を、いつも自分に問いかけていたように思います。

 

でも、今、私が持っているものを、ほんとうに全てすてますとは、どうしても言うことができない。

自分のまわりに、あると思っているものたち・・。

慣れ親しんだ、見覚えのあるものたち。

愛していたり、憎んでいたりするものたち。

イエスに従いたいと思っているのに、

それをすべて、てばなすことができるのか・・? 、問いかけ続けていた

 

きっと私はそうやって、神のために、どれだけ自分をなくすことができるのかと、真剣に自分に問いかけたかったのだと思う。

妥協なく向き合って、探求したかったのだと思う。

 

そして、まさに、そんな状況を、目の前に映しだした。

 

私はほんとうに支離滅裂だった。

神に献身したいと言い。

一方で、自己実現に向かっている行動をしていたり。

行きつ戻りつ

いったりきたり

それを、もう1人の自分が、じっと見守っている。

抵抗バリバリの、じたばたする心。

私の心の境界の、ぎりぎりのところ。

 

 

それはいつになく、心が研ぎ澄まされ、自分の内側を見つめようとしている、真剣な眼差しだった。

 

ほんとうに心の内側からわいてくる確信に満ちた思い。

狂おしいほどの恐れ不安な思い。

 

神の献身の形にこだわっている、私の姿を見つけたり。

たしかにある真実にふれたり。

 

私が今までふれないようにすごしてきた、欲望と葛藤。

でも、それにふれるたびに、

私の生活全般の実感、行きているリアルな感覚は、強くなってきている

私は、今、ここに在る! という思い。

 

なりふりかまわず、追い求める、

神と共にいるという実感を、

やはり、全身全霊で向き合っていきたいのだと・・

 

その形は、十人十色 千差万別。

 

そんなこと、ずーっと考えていた。

 

そしてほんとうに、私には、わからないな〜〜と、心の底から感じたとき。

 

いや、もう、自分でどうにかしようということを手放すしかなかった時。

 

 

ふと、私の神への献身は、何があっても進んでいくのだと思ったのです。

 

どんな出来事が起きても、かなえられるという確信がわいてきたのです。

 

目の前の事象が、私が望む事に対して、イエスでもノーでも、それは最善の出来ごととして起きていているのだと。

全てが、赦しへと、神の献身へと向かっている。

そんな確信が芽生えたのです。

 

葛藤は、自分が形を勝手に決めて、それに自分を合わせようとしていたから起きたこと。

神への献身も、どんな形かは、私にはわからない。

 

心に正直にいる事で、絶対に大丈夫。

ただ、今にあること。

 

今、目の前に起きている全てのことは、

私(この世界の全ての私たち)の目覚めのために起きている。

 

信頼して、全身全霊を込めて、受け入れていったらいいのだと思ったのです。

ただただ、今、目の前にあることを。

 

 

ひとつ注意しなくてはいけないのは、

恐れが起きたら、それは私が自分のあるべき形を決めて、誰でもない自分自身が、そのあるべき姿に、合わせなくてはいけないと思ってしまったということ。

そのときは立ち止まって確認する。

ねばならない!という思いは、心の表に浮かべて、明るい居場所で、見られることで消えていく・・

抵抗ばりばりの私も、これからも、どんどん出てくることと思うのです

 

それでも、

いや、それだからこそ、

今起きている、すべてのことが、ありがたい。

 

そして、涙腺弱くなってしまった・・(笑笑)

 

全ての形あるものの奥にある真実。

なによりも、それを見たいと祈っているのです。

 

そして、少しだけ、何が起きても大丈夫と思えるようになりました。

変だけど、何も、ほんとうにわからないと思ったときに。

 

今しかないから・・。

そして、ひとりのこらず、皆でともに歩いていきたいのです。

 

 

 

 

 

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